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  Hへの便り (もしくは不特定多数の他者へ)  
  1970年会社同期会誌「むくの声」第3号に投稿 小波 淳(ペンネーム)  

   
 あなたとの通信を絶ってからどのくらいの月日が経っているのか・・・・・、
私にはその記憶を取り戻そうとすれば、かなりの時間を費し、かつてあなたや私や仲間が辿った 足取りを一つ一つ掘り起こさなければならないのに気付く。
そして朧げながらその概要を掴めた際私はあなたとの隔たりが拡大してしまっているのではないか (確信を持って言い切ることができる私ではないのだけれど)という疑問が私の頭に住みついて、 いかようにもがけど、ことさら肝心の時に頭をもたげてくるのです。
私は意を決してこの便りを書くことにしました。私がこのような形(発表という)で人に便りを書くのは 確か二度目です。そう、あなたや私や仲間が詩によって(今から思えば多少の気恥ずかしさを覚えるのだが)当時の”自己変革”を目的としていた折の、最後の詩集に書いたはずです。

   『告げる』
        ーL子への手紙ー
  きみと喫茶店で別れてから幾日経つだろう
  君と顔をあわせて言いえなかったことを
  この手紙でつたえよう

 そうそれはこのような書き出しで始まっていたはずです。あなたが私への便りで"感激の後で くやしくなりました"と語ってくれ、若干の気恥ずかしさをその時は覚えたものでした。
 私が今もつきあっているひとが、「最初はあなたが言ったように"告げる"がいいと思っていたけれど、
 

後 になって同じ号に書いた"帰ることが許されていた時" "旅立"の方に私の姿、心が表れているよう に思った。」と数少ない便りのなかで語ってくれた時、ああこの人もやっと解ってくれたかと、ひとり嬉しく思ったものでした。

    『帰ることが許されていた時』

  その時
  ぼくには帰ることが許されていた
  休むことが許されていた
  そこは冬ともなれば屋根が隠れるほどの雪に埋もれる
    ところだった
  ぼくは いま そこにあるぼくを待つ小さなけれど暖かい
    保護に向かっていた
  そこでは凍付く寒さの中でも ぼくは約束されていた
  そこは女が持つあのよどんだ温(ぬくもり)でぼくを
     包むかもしれない
  そこでは安堵(やすらぎ)と虚脱がぼくを癒すかもしれない
  ぼくはそのあまりの歓待に戸惑うかもしれない
  けれど それはそんなぼくにはおかまいなしにぼくを
    もて遊ぶだろう
  ぼくは考えなければならないような気がした
  そこがほんとうにぼくの帰るべきところかを
  じじつ そこは居心地のよいことは確だった
  そして 居心地のよさがぼくの思考を鈍らせていることも
    確だった

 
  けれど その確さがかえってぼくの心を不安にし
  ぼくは考えなければならなかった
  軒に下がる鋭いつららが何であり
  暖かくもえさかる炎が何であり
  あの温が何であり
  そこにいるぼくが許されているかを

   『旅立』

  右の手には家の温かみを
  左の肩にはわたしの思想をたずさえ
  わたしの体は右に傾き左に傾く
  疲れた足どりで歩むわたしは
  どこで倒れるのか
  わたしはすでに傷ついている
  暗くなまぬるい迷路への旅立ちを
  あなたはそらぞらしい他人のことばで止めようとした
  わたしはあなたに何ものぞみやしない
  わたしの痛む傷口を開くのはやめてもらいたい
  あなたにやられるくらいならわたしがやる
  できることなら こんな傷はあなたのまえに
   捨ててゆきたい
  枷かもしれない
  白くさえわたる雪道で
  長くよこたわるわたしの影は
  青白くひかる無数の星の反射にくらむ
  そして
  黙して歩む午前四時の思考は いま
  はてしないサイクルに足をふみいれた
 
  家の温かみとわたしの思想はいま
  わたしの内で対立する
  けれど
  わたしがこのふたつのもちものを
  たがいに包含し合うものとしてとらえたとき
  わたしは倒れずにすむのかもしれない

 今のあなたがこの少しカビ臭く思える昔の作品を、今どのような想いで読み返されるかわからない けれど、"作品には作者の在り方が必ず表出する"といった当時の原則の通り、当時の私自身の姿 が良しにつけ悪しきにつけ現れていると思います。人間ってあまり成長しえないものらしく、今私が あなたに語る私は、当時の私自身と大差なく、同じようなことしか語りえないことに気付き恥をしの< んで持ち出した次第です。
それともう一つの理由は、私が今あなたに言いたい部分の一部を占めていると思うから・・・・。
 私がふるさとを離れて横浜に来てから二年目に入ろうとしています。正月に帰った折、Kに会い、 あなたが東京の方に出てきていることを知り、あなたの住所が私がひんぱんに足を運ぶ491の近> くだとわかり、地名を頼りに訪れたのでした。
一年以上のブランクのため(そう、その時はそう思ったのです)あまり話せず、世間話などをしてあ なたの家を去ったものでした。その後何度あなたに電話したでしょうか。その回数が増すごとに、 会った時の頭の片隅に在った、どこか当時とは違うという感じが拡がっていきました。
一方ではそうじゃないと打消しながらも・・・・・。
 そして春も近い頃、私はあなたに別れになるかもしれない便りを書こうと思っていました。しかし、 491の原稿、会社の仲間とのやらなければならないこと等に追われ、時間は過ぎてしまっていまし た。そして今、再度あなたに書こうを思ったのです。そう、この前のあなたへの電話が私に決心させ たのです。その電話は、久し振りのKからの便りがきっかけでした。
 
   前略
 成長の危機。改良主義
 ・・・・・・。
 Hは元気ですか?この世にちゃんとか?
 教えてください。
愛情を
 
 六月、間もなくだね。
 花の音を憎悪しつつ  −    T・K

  私は彼に書きました。今年あなたと会ってからの経過を、そして感じたことを。折り返しKから返事 がきました。彼もかなり変貌していました。おそらく彼が今属しているセクトの活動を通して勝ち得た 成果なのだろうと思います。
 彼の書き出しはこうなっていました。

…僕達がかつて彼女に対して繰返したところのあの詩は書いている?という問には、多分に詩を書 くということ自体を自己目的化しているような感じが在って、僕達自身にとっても彼女にとっても清純 だったとは思いますが、たとえば詩によって表象するという手段で以て先ず自分という存在の皮膜か ら深部へと変革を志向する意志、及び何らかの思想が彼女の頭蓋骨だか脳ミソだかに定着しえなか ったのだとしたら(君の独断であれば重大な喜びですが)口惜しいことだと思います。・・・・・・
 

 またこのようにも書いています。
 NIHILISMの美化は愚かだと思います。しかし錯綜した時代状況の中にあって、ひとつの起き上が りは常にNIHILISMの奈落への落ち込みという危機を孕んでいることを考える時、彼女の詩の中に 「モノタイプで鋳造したとて」「とうてい、口、言葉、筆、命とか言うものは浮草のようなもの」「人は人に 別離して・・・・さまよう」という形で表象された或る種のNIHILISMが、一面的にはたおやめ的なおセ ンチを表わしているとしても、NIHILISMを知覚する必要性の尖鋭さとか、不定形の思想をいわば可能 性として僕も多分君も感じていたはずでした。
 僕がこの手紙で、私が彼にどんな内容の便りを書いたかおよそ想像できるものと思います。そしてお そらく、私の一昔前の貧弱な隠喩を用いた詩片などより、今の彼の言葉の方が重く響くことと思います。  そしてあなたに電話をしたのでした。何故なら、あなたに対する(普通にすれば他者との関わり方に 於ける)私自身の在り方を彼に指摘されたことと、かつての私(私達)の活動を検討する意味で、やは りあなたに会って話さなければならないと思ったからでした。
 その契機が一方的に破棄された時、あなたの声までもが私をさけているように聞こえてしまいました。 そして今、最後になるかもしれない便りを書いていたわけです。
 最初に、詩とはいえないけれど私が今書けばその詩の核となるだろう断片を連ねて筆を折ることに します。

 ひとりのひとが人間になろうとするとき
 無数の秩序がかれを襲う
 秩序は造幣局の裏口から
 鉄格子の護送車にのってやってくる
 そして気づかぬうちに
 わたしたちのふところ深くに住みつくものだ
 そこに温もりが宿るとき
 
 それは意思ある生きもののごとく振舞い
 ひとは自らの内に
 新たな秩序を造る媒体を宿す可能性をもたされて
  しまう
 わたしたちは容易にそれを阻止できない
 秩序というものはそういうものだ。
 束縛のない留置所の
 見えない柵をとりはらえるエナジーは
 ひとりのひとにどのような貌(かたち)で訪れるか
 ビルディングの谷間に舞うアジビラとしてか
 地方の地底の呻きとしてか
 闘いはひとりのひとのこころに
 どのような貌で想起するか
 アトマイズ化されて存る日々の生活の中の核を
 集約し変革のエナジーとしてそのボルテージを高め
  うる季節(とき)は
 ひとりのひとに
 どのような貌で
 どこから訪れるか・・・・・・・・6/18

   追伸
 六月十四日はどしゃぶりの雨煙と催涙ガスのたれこめる中、東京の街角を歩いてきました。
最近めっぽう体力のなくなった身体にとってかなりきつい行為だった。 Kもおそらく仙台にてやっているでしょう。彼もかなり身体をダメにしているらしくその苦しさは想像 できるくらいです。
 それでは、再びあなたとの便りを交換できるような関係になることを期待しつつ・・・・・・。
 

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