後 になって同じ号に書いた"帰ることが許されていた時" "旅立"の方に私の姿、心が表れているよう に思った。」と数少ない便りのなかで語ってくれた時、ああこの人もやっと解ってくれたかと、ひとり嬉しく思ったものでした。 『帰ることが許されていた時』 その時 ぼくには帰ることが許されていた 休むことが許されていた そこは冬ともなれば屋根が隠れるほどの雪に埋もれる ところだった ぼくは いま そこにあるぼくを待つ小さなけれど暖かい 保護に向かっていた そこでは凍付く寒さの中でも ぼくは約束されていた そこは女が持つあのよどんだ温(ぬくもり)でぼくを 包むかもしれない そこでは安堵(やすらぎ)と虚脱がぼくを癒すかもしれない ぼくはそのあまりの歓待に戸惑うかもしれない けれど それはそんなぼくにはおかまいなしにぼくを もて遊ぶだろう ぼくは考えなければならないような気がした そこがほんとうにぼくの帰るべきところかを じじつ そこは居心地のよいことは確だった そして 居心地のよさがぼくの思考を鈍らせていることも 確だった
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