TOP /  情報提供 /  会社概要 /  プロフィール /  業務品目 /  ソリューション・コンサルティング /  主要実績 / 
著作・寄稿 /  映像・画像・音声 /  趣味の部屋 /  お問い合わせ /  リンク /  アクセス /  サイトマップ / 
 
 
  雪が舞う東北の地への風信  
  1970年 会社同期会誌「むくの声」第4号に投稿 小波 淳(ペンネーム)  

 
 わたしがおまえのすむ(かつてわたしもすんだ)土地を離れてからもう二度目の冬を迎えようとしている。
かって、離れるに際しわたしの幼さをむきだしにして おまえに迫ったものだった。そのしぐさの幼さをしっ たわたしではあったが、思いつめてまた同じようなことをやってしまう最近のわたしであることを思うとき、 わたしがわたしとおまえの関係を”対なる幻想”という領域で対象化しようとしていることも、結局はまだ まだ未熟なものであることを思うのだ。わたしに関する領域がそのままおまえのものへ、そしておまえに 関する領域がとりも直さずわたしのものへという地続きの関係性を現実的たらしめる方法論を獲得する にはまだまだお互いに幼いようだ。もしかしたら、それは方法論などと規定する必要のない、男と女の 間にときたま交わされるあの言葉にならないものにかかわることなのかもしれない。

先だって、めずらしく上京してきた兄と、若干の気恥しさを覚えながらおまえとわたしの関係を語り合え る一夜をえられた。そのときもやはりわたしたちがまだまだ未知の関係にあり、おまえを包括しうるわたし の空間の未熟さを思った。それはおまえにとってもいえることだろう。最近短かい文章を読んだ。その中に、ある一組の夫婦の存在のし方についてのべている部分がある。 少し 長くなるが書きとめておこう。

----山の中で夫婦二人きりでくらしていればこうなるよりほかないとおもわれるように、今日ついた ばかりの眼にもふたりの間が温かくすっきりと疎通していることがすぐわかった。(中略)そして高地の せいか、夫婦のどちらにも粘着するようなものはなく乾いてさぱさぱしているのも、わたしの眼には愉 しかった。息子は出征していて、いまはこの宿の並びに家をつくって自給しているといったことが、 その夜いろり端できいた夫婦の身上であった。この夫婦は忘れがたい印象を弱年のわたしにのこした。

 いろり端には、ときどき鼠がちょろちょろ出てきて、うろうろ餌になるものをさがしている様子だったが、 驚いたことにわたしたちがいてもすこしも怖がらず、夫婦も追い払おうとしなかった。 〈こんな山の中ですから鼠も家族みたいなもので〉といいながら、丁度飼い猫にいうように奥さんがとき どき〈すこしあっちへいっておいで〉と鼠のほうへ声をかけ手で追うしぐさをする。 奥さんにしいて追い払うつもりがないので、鼠のほうも逃げる気はないらしい。どこかへ引っこんでは、 またちょろちょろあらわれるのだった。ああこの夫婦はいいな、この主人の声はすんでいていい声だ、 この奥さんは親しそうでいて粘りっけがなくていい。そういう夫婦もこんな山の中だからこそ在りうるの だな。おれたちはどうせ戦争で駄目だが、こういう夫婦に偶然であったことはおれにはどんなにこの世の 土産になるかもしれない。
わたしはしきりにそんなことばかりかんがいていた…
--吉本隆明「自立の思想的根拠」−ひとつの死よりー

  この文章からおまえがなにを想うかわからないが、ごく平凡ないわゆる庶民ともいえる夫婦の関係に 対する一人の人間の感性が、そして共感が書かれてあることはわかると思う。
 この風信を書いている今、ラジオのニュースは今日の事件(三島由紀夫の割腹自殺)を報じた。
一瞬嘔吐を覚えた。それが何によるのか今はわからないけれど引用した文章の著者と同じく、夫婦の 在り方に共感する自分と、三島という一人の著名な人間の死に嘔吐を覚える自分・・・・。
わたしにとっては明らかに(仮にその夫婦の死がわたしに報じられたとして)山の夫婦の在り方のほうが 重たいと感じられる。たしかに三島の死は〈詳しいことはわからないので何ともいえぬが) このようにも人は死ねるものかということで衝撃を覚える。しかしそれがわたしの「人が生きる」ということ に対する思想的次元にまでくい込むものではない。山の中の夫婦の在り方のほうがより基底部において わたしとつながっているように思えてならないのだ。


 人は何によって生きるか〈生活するか)。また死にうるべきいかなる理由をももちうるのだろうか。
三島の死は死にうるべき理由を持った(?)一つの例といえるのかもしれない。それにしてもあまりに直戴すぎはしないか。私には生きる過程も死に至る過程〈死に過程もくそもないといえるかもしれないが) も、もっとゆるやかなじっくり煮つめられていくべきもののように思えるのだ。また、生き抜くことに 自らの全存在を投入していく過程はいかなる名目を伴った死などよりも得難く思える。
三島の死が人々にどのように影響するかはしらぬが、人が生活のレベルを他から影響をうけるのは、 日常の現実性、具体性を通じて昇華されたもの、また逆過程をたどれば人の日常の基盤となるもの 〈=思想)からであると思えるのだ。
 まだまだ幼いわたしたちはさらに多くの生活者からその過程を学ばなければならないようだ。
おそらく、人間が一人から二人に、さらに二人からより多人数へとその関係を拡げていく過程には、 拡がる度合に応じて多くのものが抜け落ちていくはずだから・・・・。
 一つの死を契機に、最初に書き始めたことからだいぶそれたように思うが、一九七〇年十一月二五日 現在わたしが思うことはこんなことである。
 これから訪づれる長い冬を想うとき、東北の地の風土は少なからずわたしの精神形成に影響してい るようだ。より暖かいこの地にいて囲りは冬とはいえど明るくなごやかだが、わたしの心は 雪の舞う東北の地にいるのとたいして変りはない。
 

ページトップへ▲


Copyright 2004. sk-solutions. All Rights Reserved